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2013年8月21日 (水)

行ったぜ、東北・北海道(その2)

2日目、いよいよ被災地入り。
所縁あって、今回は「震災学習」という形の貸切列車に参加させて頂くことになりました。身が引き締まる思いと、ある種のドキドキが入り混じります。

1
被災地にほど近い、岩泉駅。
2010年7月に発生した土砂崩れの影響で、未だに全線で運休している岩泉線。
昨年の3月には、いよいよ廃止/バス転換が発表されました。

2
茂市側も末端側も、少し駅ホームの部分からはみ出たら草むら状態。一切手をつけていない様子。
乗降人数や今後の状況を勘案しても・・・とは言いますが、これから向かう三陸鉄道のことを考えると、地方交通の維持の難しさを実感します。

3
場所は変わり、三陸鉄道北リアス線 島越駅。
三陸鉄道は北リアス線・南リアス線共に、東日本大震災に伴う津波で壊滅的な被害を受け、実に約300もの箇所が被害に。
この島越駅は、北リアス線では最も大きな被害を受けた箇所で、小本~田野畑の中間にあたる駅。宮古~小本と、田野畑~久慈は運転を再開したものの、同区間は現在でも運休が続いています。

4
駅舎と高架橋は跡形もなく流され、残ったのは宮沢賢治の詩碑と、ホームに伸びていた階段の一部のみ。ぐにゃりと曲がった鉄柱が、津波で流されてきたものの多さを物語っています。
この日も、懸命の復旧作業が行われていました。

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田野畑にて。
このレールが宮古に繋がるまで、あと8ヶ月。
どうか無事に、何事もなく走る日が来ることを祈るばかり。

5
田野畑からは貸切列車に乗り換え、久慈まで。
震災で被害を受けた要所要所で停車し、細かな解説を受けることができました。

7
寄り道して八戸線も撮ってはみたものの、霧が濃くて残念なことになっていたので、少し幻想的な雰囲気が出るよう適当に。

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「やはり」と言うか、実際に行ってみてこの目で見る被災地と、テレビなどのメディアを通して見る被災地は違いました。堤防は破壊されたまま、仮設住宅が並び、更地が多く見受けられる現状でした。
最近のニュースでは原発問題ばかりが重要視され、最も重要な"被災地"が疎かになってきているようにすら感じます。当たり前のようなことですが、ガレキが片付いた=復興ではなく、全ての被災者の方々の生活が元に戻ってこそ、"復興"と言えるのでしょう。

今回の貸切列車で、三陸鉄道の担当者の方から「被災地に来て下さって『感謝』ということばを申し上げたい」というコメントがありました。

―しかし、我々は本当に『感謝』される側なのかな、とふと考えてしまいました。

野菜や果物を作っては送り、電気を発電しては送り。いつしか東北は、首都圏にとって不可欠な存在になってしまったように思えます。
「東北の野菜を食べて下さい」というCMもありますが、むしろ我々は"食べさせてもらっている"存在なのではないでしょうか。今でも、東北で発電された電気で支えられていることは確かな事実です。

それをやっているのは東北だけじゃない、と言えばそれまでですし、被災者の方々にとっては不適切な話かもしれない。それでも、自分は『感謝』、そして『ありがとう』という言葉を送りたいと思います。

その3へ続きます―

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